白目をむくような日々(°▽°)〜母ちゃんは今日も働くよ〜

ゲーマー虚弱体質旦那、ヘッドバンドを覚えた申年生まれの娘、そして私の日常。

『ゲームをしてもいいが、寝起きはすっと起きろ。』

2018年になり、気づけば明日から初出勤。

ですが、旦那はこの正月に私と娘が帰省したことで味を占めたのだろう。

ゲームの日々が始まったのよね。

夜中から明け方までゲーム。やはり自室があるのは大きいよね。

 

昼夜逆転故、起きれば不機嫌。

『眠くて不機嫌だから。(だから許せ)』と言われ『は?』の言葉以外返すこともできない私は鬼嫁でしょうか?

 

ある意味、趣味があるのはいいことだ。

しかし家庭内の役割を果たしてこその趣味ではなかろうか。

誰かにその趣味をしているが故に嫌な顔や思いをさせていることに気づかず


『俺も(家事なり育児なり仕事なり)やってんだから好きにさせてくれよ』

なんて言うてきた時にゃ、口が存在しなくなるようにしてやるぞと思うよね。

 

ゲーマーの厄介なところは、熱中するとやめられないことではないだろうか。

ヘッドホンしてインカムつけてゲームをしている旦那を見ていると常々そのように思う。まさに自制がない。自制することが不可能のようなもの。

なぜなんだろうか。ゲームという架空の、空想世界のものなのに。

 

架空の、空想の世界だから、やめることができないのだろうか。

もしかすると…。

 

ゲームについて詳しくない私からすると未知の世界。

現実からの逃避なのだろうか。

だってゲームの中なら常に自分が主人公であり、友と協力し明確な何かを成し遂げることができる。

そりゃ楽しいわな。わかりやすいし(勝ったか負けたか。最後に勝って終わればいい。)楽しいし(自分が思うように動かせる。予期せぬ攻撃もそれまたスリル。)時間を忘れる(まさに没頭。)ことができるもんね。

 

現実世界はどこまでいっても正解も不正解もない。

我で決めるしかないから不安にもなるし誰かに認めてほしいこともある。

昨日はOK、今日はNG、明日は△なことも山ほどある。

そこにイライラしても何もないことは子育てで学んだ。

 

そういう意味では常に自己を肯定できる場としてのゲームは必要なのだろう、彼にとっては。

 

私も案外やってみたらハマるんだろうか。

我が家にswitchがあるのだが、まあ私が下手なこともあり(スプラトゥーンもマイクラも挫折)長続きしないのよね。

どんなゲームが合うのかも探ろうとしてないから、きっと今の私には不要。

 

『ゲームをしてもいいが、寝起きはすっと起きろ。』

これだけラインに送っておいて、私は寝よう。

 

仕事はインフルB罹患したスタッフがおるためマイナス要員で仕事スタート。

そのため送迎要員の手配をしないといけないのに所長は手を打たずに私に投げてくる…帰省の運転中やからこまめに連絡できないとか知らんがな!!!

 

2018年、一歩ずつ踏みしめてやってこ。